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東京地方裁判所 平成元年(ワ)12190号 判決 1991年6月19日

原告

加藤優子

右訴訟代理人弁護士

中野寛一郎

被告

有限会社拓成グループ

右代表者代表取締役

佐藤武夫

右訴訟代理人弁護士

藤田謹也

柳原控七郎

主文

一  被告は原告に対し、金一二万九〇〇円及びこれに対する平成元年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項及び第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金一〇三三万三九〇二円及びこれに対する平成元年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一原告は、銀座の高級クラブのママをしていたところ、同じく銀座でクラブを経営する被告から、新規にオープンする予定の店のママになるよう勧誘を受け、一定の条件のもとで入店するサービス業務委託契約をし、原告は当時勤めていた店を辞めたが、入店直前になって、当初の約束に反して一定の資格のある保証人を二名立てなければ入店させないとして右契約を破棄したとして債務不履行による損害賠償を請求した。また、仮に右保証人を立てることが契約の条件であり、未だ契約が成立していないとしても、その点について事前に被告からは何等の説明もなかったのであるから、被告には契約締結上の過失がある旨及び合意の成立を信じたにもかかわらず無意識的不合意がある場合はこれに過失ある者は不合意を主張できないところ、被告には過失があるので契約の不成立を主張できない旨を予備的に主張している。

二被告の主張

被告は原告に対し、被告経営予定のクラブのママを募集してるので応募しないかと話し、一定の事項を入社の条件としたが、そのうち被告が定めた一定の基準の保証人を二名用意するという条件を満たすことができなかったので入社するに至らなかったのであるから、被告が原告に損害を賠償する義務はない。予備的主張はいずれも時期に遅れた攻撃防御方法であり、被告に過失はない。

三争いのない事実

原告は、昭和六二年三月二〇日から同六三年四月二〇日までの契約期間で、銀座の高級クラブ「パルテノン」のいわゆる雇われママをしていたが(<証拠>)、昭和六三年二ないし四月ころ、被告の当時の代表取締役であった細渕昇から声をかけられ、被告が銀座で開店を計画中の高級クラブ「ブルボン」の雇われママになることを懇請された。被告代表者細渕は、原告に対しその条件として、「ブルボン」のオープンと同時に入店すること、給与は総売上から税金分相当額である一〇パーセントを差し引いた残額の四五パーセントとすること、契約金は五〇〇万円とすること、原告の「パルテノン」に対する売掛金の支払いを被告が立替払いすることなどを呈示し、その後、細渕は原告に対し、「サービス業務委託契約書」(<証拠>)を交付した。原告は、細渕に対し初めに三喜アーバンライフ社長渡辺実、その後に母を連帯保証人とした契約書(<証拠>)を細渕に提出したが、被告は、右両名が被告の定めた保証人の基準に合致しないことを理由として「パルテノン」に対する原告の売掛を約束の日である昭和六三年六月一日までに支払わなかった。その後、被告は売掛金の一部として一五〇〇万円の小切手を原告に提供し、残金は基準に合致する保証人を立ててから交付する旨申し向けたが、原告は、右申し出を拒絶した。

四本件の争点

本件の主たる争点は、原告と細渕との間で当初保証人の条件としてどのような合意がされていたか、委託業務を開始するに至らなかったことについて被告に債務不履行又は契約締結上の過失による損害賠償義務が存するか、である。

第三当裁判所の判断

一事実の経過

<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠は提出されていない。

昭和六三年二月ころ、原告は、クラブ「パルテノン」から同年四月二〇日契約更新時の更新料を金一〇〇〇万円、その後の原告の取得する歩合を0.5パーセント引き上げる話を受けていたが、他方、原告に対し、ヴェルサイユ、三上など数店から引き抜きの話も来ており、原告としては期限が来れば他の店に移ろうと考えていた。被告からの「ブルボン」への誘いは同年二月下旬ころからあったが、きっかけはパルテノンの客である三喜アーバンライフ社長渡辺実を当時被告が経営していた「マンダリン」に迎えに行った際、当時の被告代表者細渕を紹介されたことによる。その後、原告と細渕との話合いで、ブルボンに入店するに当たり、契約金を金五〇〇万円とすること、店が認めた客(可決客、東証一部上場企業の課長以上など)の売掛については原告は立替をしなくてよいこと(<証拠>サービス業務委託契約書第四条参照)、給料は総売上税引き後の四五パーセントとすること、原告がパルテノンに対して納付すべき売掛金約二七〇〇万円(<証拠>ただし第一回原告本人尋問第九回弁論一項では二五〇〇万円、細渕昇証人尋問第九回弁論九項では二三〇〇万円となっており、金額は定かではなく、当初の合意時の金額と退店時の金額に差異があることも考えられる。)を被告が立替えること(同契約書第八条)などを合意し、その後、原告は同年四月二〇日の期限でパルテノンを退店した。

他方、サービス業務委託契約を締結するに当たって、原告は、細渕から連帯保証人を立てるよう言われ、原告への被告の紹介者である渡辺実の名が細渕から出されたので、原告は右渡辺に対し、連帯保証人となることの承諾を得て、細渕から交付されたサービス業務委託契約書(<証拠>)の連帯保証人欄に渡辺の署名押印をもらい受け、同人の印鑑証明書(<証拠>、同年四月一一日付け)とともに細渕に提出した。その時点では、同契約書に被告の署名押印はなく、後日内容を記入し被告の印を押捺した上、原告に送付することになっていたので、原告としては、これで契約は成立したと考えていたところ、しばらくして細渕は原告に対し、更に保証人を要求し、原告の母でよいとの話で、原告は母親である加藤文代の承諾を得て、細渕から交付されたサービス業務委託契約書(<証拠>)の連帯保証人欄に同女の署名押印を得て、同女の印鑑証明書(<証拠>、同年五月一四日付け)とともに細渕に提出した。

また、原告は、自分の顧客に対し、パルテノンを辞め、ブルボンに移転す旨の挨拶状(<証拠>)を印刷(<証拠>)、配布し、お菓子を送る(<証拠>)などのブルボンへの移転の準備を進めるとともに、パルテノンに対する売掛金を支払わねばならないので、細渕に対してその立替払いを求めていたところ、同年五月二五日、細渕は、右売掛金を同年六月一日までに支払う旨の念書(<証拠>)を作成し、パルテノンの男性店員に交付した。しかし、同日までに右売掛金の支払いはされなかった。そして同月二日、細渕は金一五〇〇万円の小切手を振り出し(<証拠>)、同日又は翌日である三日、これを原告に呈示し、残金は更に保証人を立てれば支払う旨述べたところ、原告は、話が違うとして、その受領を拒絶し、その数日後に別の銀座のクラブである「ヴェルサイユ」に入店する契約を締結し、稼働を始めるとともに同月一〇日からヴェルサイユに勤める旨の挨拶状(<証拠>)を作成、配布した。パルテノンの売掛金の立替払いは同店によって行われた。

二サービス業務委託契約の成立の有無について

本件で合意が予定されていたサービス業務委託契約(<証拠>)は、同契約書によれば、クラブ「ブルボン」を経営する旨の業務の委託契約であり、契約が有効に成立しているとすれば債務不履行の問題となり、被告の過失により契約が有効に成立するに至らなかったとすると契約締結上の過失が問題となるので、まず、この点について検討する。

前記認定の事実及び括弧内の各書証によれば、一回目の契約書(<証拠>)の作成時点で、契約期間、売上金の予定額及び保管方法、可決客の売上金納入の期限、被告が原告に支払うべき金額割合などが明記され、二回目の契約書(<証拠>)の作成時点で、委託業務準備金(契約金)の現実の交付額、パルテノンへの立替払いを貸付金とすること、その返済方法などが記入され、契約の主要な点は概ね決められてきていることからすると、保証人の点について合意できれば正式に契約書を作成できる状況にあったことが推測されるのであるが、しかし、他方、右契約の始期は昭和六三年六月一日となっていたこと(<証拠>第二条)、被告が本契約成立後、委託業務準備金として金四五〇万円(税引き後の手取り額)を前渡しし、原告が受領した旨の確認条項が存すること(<証拠>第六条)、契約締結と同時に金二三〇〇万円を貸し付けることになっていたこと(同第八条)、契約書の記入事項は一回目と二回目を両方併せると概ね空白はなくなるが、個別にみると、契約内容を確定し得ない形になっており、二回目の契約書は重要な事項である金額について数か所にわたり大幅な書換えがされており、特にパルテノンへの立替払いの金額と考えられる貸付金額(第八条)が三〇〇〇万円から二三〇〇万円に書き換えられており、原告が主張している金二七〇〇万円とは大幅に異なっていることなどを総合すると、原告が被告に対し二回目の契約書を交付した時点では、契約の重要事項が確定していたかについては疑問があり、むしろ、原、被告間では、昭和六三年六月一日に正式に契約を成立させ、その時に契約金である委託業務準備金とパルテノンへの支払いのための貸付金を交付することが予定されていたものと推認される。そうだとすると、原告が主張するように原告が母親の連帯保証を得て、被告に対し、甲第一九号証を交付した時点では、未だ契約内容は確定するには至っておらず、したがって契約は成立していなかったものと解さなければならない。

なお、原告は、予備的に仮に合意が成立していなかったとしても、不合意について重大な過失のあるものは、民法九五条但書を準用して契約の不成立を主張できない旨を主張しているが、次の三項記載のとおり、被告は信義則上、契約を成立させる義務があったとは言えるが、本件は、当事者が契約の成立を信じたのに何等かの点に於て不合意の存した場合とは言えず、錯誤に類する意思表示の不一致から不成立となるのではないから、民法九五条但書を類推あるいは準用するのは相当ではないので、この主張は採用できない。

三契約締結上の過失について

そこで、次に契約が有効に成立するに至らなかったとしても、被告に契約締結上の過失がなかったかが問題となる。ところで本来契約締結上の過失というのは、契約の内容が契約締結当時から客観的に不能であるために無効となる場合において、過失ある者が過失なくして契約が有効と信じた者に対して負担する信義則上の義務であるが、契約の主要な点について合意がされ、信義則上有効に契約を成立させるべきであるのに、成立直前になって、当初予定されていない条件を提起し、その履行がなければ契約の成立を拒むなど信義に反する行為が行われた場合には、右の法理に準じて、その行為者は有効に契約が成立すると過失なくして信じた相手方に対し、信義則上、右契約の有効な成立を信じたことによる損害を賠償する義務があるというべきである。(なおその場合、不法行為が成立することも多いと思われるが、本件ではその点は争点となっていないので判断しない。)

ところで、この点につき、被告は時期に遅れた攻撃防御方法である旨主張するが、本件では契約の条件としてどのような事項が含まれていたかが問題となっており、被告が連帯保証人として一定の資格を有するものを契約の条件としていたのに原告がこれを準備できなかったのか、被告が合意に基づき支払うべき立替金の支払いを拒むために当初条件とはされていなかった保証人の要件を条件としたのかが主要な争点として争われているもので、契約が有効に成立していれば債務不履行の問題となるし、そうでなければ、契約締結における信義則上の義務違反という問題となるのであり、いずれの問題となるかは解釈上の問題であるから、一般に予測できる主張であり、更にこの主張をもって新たに証拠調べを求める趣旨のものではなく、立証の対象となる事実についても主位的請求と概ね共通している予備的な主張であることを考えると、時期に遅れたものとして却下すべきものとまでは言えない。

そこで検討すると、前記認定の事実によれば、被告は、昭和六三年六月一日、原告のパルテノンに対する売掛金の支払いを立替払いする約束であったのにもかかわらず、被告が原告に対し更に保証人を立てるよう要求し、右立替払いをしなかったために、結局本件契約は全体として有効に成立するに至らなかったことが認められる。この点について被告は、被告が立替払いをしなかったのは、立替払いをするに際して原告は被告が定めた一定基準の保証人二名を用意することになっていたのに、その用意ができなかったからであり、契約の不成立の原因は原告が予定されていた保証人を立てなかったことにあるから被告には責任はない旨を主張するが、右被告の主張は、証拠上これを認めることができない。

すなわち、被告の主張及び証人細渕昇の証言によれば、本件の保証人については、被告が以前経営していた「マンダリン」をオープンする際の連帯保証人の基準(<証拠>)を採用したものであり、連帯保証人の可決基準は原則として東証一部、二部上場の課長職以上であり、例外として自己名義の土地家屋を所有する者であるが、そのことは原告に説明をしていた。そして原告が立てた連帯保証人は渡辺実と原告の母の二名であるところ、いずれも調査の結果不動産を保有しないことが明らかになった。五月二五日に立替金を支払う旨の念書を作成したが、これは、右の条件を満たす保証人を立てることが条件であり、原告の母親が土地建物を有すると言うのでこれを信じて応じたものである。その点は口頭で合意しており書面に記載しなかったにすぎない。また、六月二日ころ小切手を交付しようとしたのは、保証人は後日でもよく、可決基準の客を対象として保証人になってもらうようアドバイスすればなんとかなると考え、善意からしたことであるというのであるが、これらはいずれも以下のとおり信用することができない。

第一に、保証人二名が要件であったというが、ブルボン名義で印刷された本件契約書(<証拠>)はいずれも連帯保証人欄は一名しか予定しておらず、第一五条の保証人名を記載するための空欄部分も二名の記入を予定しているものとは認められない。もし、当初から保証人を二名立てることが予定されているのであれば、その前提で印刷がされるはずである。また当初から二名が予定されていたのであれば、最初から二名の保証人を立てるよう話がされるべきところ、そのような話はされていない。被告の主張するブルボンにおける保証人の資格、条件(<証拠>)にも二名という記載はどこにもない。渡辺実が不相当であったとすれば更に二名が必要になるが、原告の母を保証人とする話をしたときも、原告が母を連帯保証人とする契約書(<証拠>)を提出したときも、もう一人については話に出ていない。

第二に、保証人の資格要件に関しては、乙第一号証には不動産を所有する者について記載があるが、それは資本金二〇〇〇万円、設立一〇年以上の部長以上という限定がついており、一般的な「不動産所有者」は含まれておらず、かつ、「上記以外は全て保証人として認めません」と記載し、例外のないことを明記しているのに、証人細渕は、乙第一号証の条件はブルボンにも採用したと言いながら、例外として自己名義の土地家屋を所有する者でもよい旨を証言しており(<証拠>)、相矛盾した証言をしている。更に不動産の所有が資格要件であるというものの、その具体的な基準については何も触れていない。原告の母の不動産の内容について尋ねた形跡もなく、土地があると聞くと最低三〇坪以上の土地を想像し、四〇〇〇万以上の価値があると考える(<証拠>)というのも通常の経験則からは形成できない判断である。また、原告の母が不動産を保有しないことを原告は知っていたのであるから、もし細渕が法廷で証言するように原告が母親に不動産があると述べたのであれば、敢えて虚偽の事実を申し向けたことになるが、原告はその後、直ちに別の店に入店しているのであり、虚偽の事実を告げてまでブルボンに行く必要はないのであり、原告の母に自己所有の不動産があるか否かは調べればすぐに分かるのであるから敢えて虚偽の告知をすることも全く無意味である。また、不動産の所有が契約の成否を決する重要な事実であれば、連帯保証人の承諾とともに初めに不動産登記簿謄本の提出を求めるのが通常であるが、そのようなことをした形跡はないし、事後調査したというも具体的にどのような調査をしたのかも明らかでない。

第三に、細渕は、念書(<証拠>)を交付したのは原告の母親が不動産を所有していることを信じたからというが、もしそれが重要なことであれば、その時点で確認をすればよく、その存否を容易に確認できるのにかかわらず、これをした形跡はない。仮に確認できないとしても、その存否によって支払いをするか否かが決まるのであれば、第三者であるパルテノンにこれを交付する以上、その旨を明記するのが当然と考えられるのに何等の条件も記載されていない。また、原告の母親の印鑑証明書は昭和六三年五月一三日に作成されているから、同人を連帯保証人とする話はそれ以前にされていたものと考えられ、したがって同月二五日までには十分に調査をする時間が存したのであり、調査をすれば原告の母が不動産を所有していないことが判明したはずである。なお証人細渕は、第一二回口頭弁論期日で、五月二五日に渡辺が却下になったことで、もう一人保証人を求めたところ、原告の方から母親でもいいかという話がされ、母名義の不動産があると原告が言うので審査をしたと言い、このとき初めて母親を保証人とする話が原告から出された旨を法廷で証言するのであるが、そうだとすれば甲第一九号証は、その後被告が記入し原告に交付をしたことになり、関係各証拠に照らすとき、極めて不自然であると言わねばならない。

第四に、六月二日になって一五〇〇万円の小切手を準備し、同日又は翌日(翌三日が金曜日であり、原告の金曜日であるとの記憶が正しければ、三日が小切手呈示の日となる)、交付しようとしたのは、原告が保証人を立ててくれるのではないかということで、貸すつもりで準備し、残金は入店後保証人が立てられれば支払う意思であったというのであるが(<証拠>)、この時点では原告の母親が不動産を所有しているとの原告の言葉は虚偽であることが判明しており、その後、原告との交渉は何もないのであるから(細渕の証言ではそういうことになる)、原告が被告の条件とする保証人を立てることは期待できない状況にあったのであり、入店後可決客から保証人を探せばよいということならあらかじめ厳格にする必要はないのであり、そうした経緯からすると、期限の一日に何もせず、翌日になって半額だけを持参するというのは通常考えられないことであり、ただ、一日に金の準備ができず、二日にようやく一五〇〇万円だけ準備でき、保証人は金の準備のできないことの口実であったとの原告の推測の方が客観的状況に符合していると言わねばならない。

以上の認定によれば、一定の要件を備えた連帯保証人を立てることが契約を成立させる条件であるというのは、六月一日の契約成立予定の日を過ぎて被告から出されたものであると認められ、他に契約をしなかった合理的な理由を認めることのできない本件においては、右の被告の行為によって本件契約が不成立になったものと認めるのが相当である。そして、以上の事実によれば、保証人の資格が重要な事項であれば、その旨を当初から明示すべきであったにもかかわらず、これを示さず、かえって、原告が立てた連帯保証人で足りるかのように話し、その結果、原告は、その保証人を立てれば契約が成立すると過失なくして信頼したものと認められ、そうだとすると、被告には、契約を締結するに当たり、信義則上の義務違反があったものと解すべきであり、したがって被告は原告に対し、本件契約が有効に成立しなかったことについて原告に生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

四損害について

ところで、以上のとおり、本件は、サービス業務委託契約の成立に関し、被告が新たに保証人を要求したことにより、右契約が有効に成立するに至らなかったものであるから、原告が被告に対し請求できるのは、契約の成立を前提として履行されるべき利益ではなく、契約の成立を信頼したことにより生じた損害に限られる。そこで次に原告が主張する各損害について検討する。

1  原告の一か月半の期間に得べかりし利益(休業補償)

原告は、昭和六三年四月二〇日、パルテノンを辞めてからブルボン開店の同年六月一日までの期間、無収入となることから、その間の休業補償をするとの口頭の合意があったと原告は主張し、原告本人尋問の結果によれば、これにそう供述が見られるのであるが、他方、二度にわたって作成されたサービス業務委託契約書には、細かい特約の記載まであるのに休業補償についてはその旨の記載はなく、かつ、右補償が契約の成立を条件としたものか否かも定かではなく、金額も確定し得ないことからすると、果して、明確な支払いの合意であったかは、定かでない。また、仮に右合意があったとしても、その支払いは契約の成立が前提であるとすると契約が有効に成立していれば得られたであろう履行利益に属するものと考えられ、それ自体が当然には契約が有効に成立したと信じたことによる損害とまでは認められない。なお、もし被告との契約が有効に成立しないと当初から分かっていれば、原告としては、六月一日の到来を待たずに他の店に入ることができ、かつ、他の店に入ることができた日から六月一日までの間に利益を得ることができたとすると、その利益は原告が本件契約の成立を信じたことにより得られなかった利益であるから信頼利益であるということができるが、しかし原告の休業補償としての主張を善解しても、この点については具体的な主張がなく、かつその立証があるとも言えないのであるから、本件においては、これを認容することはできない。

2  契約金

五〇〇万円の支払いを約したことは当事者間に争いはないが、本件契約書(<証拠>)によれば、その名称は委託業務の準備金であり、金額は四五〇万円とされ、これを契約成立後に支払うことが予定されており、そうだとすると、これは契約が有効に成立した場合に履行されるべき性質の金員であるから履行利益と解すべきであり、契約の有効な成立を信じたことによる損害とは言えないから、これを損害としてその賠償を求めることはできないというべきである。

3  挨拶品代

原告は、昭和六三年一月ころからパルテノンを辞めて外の店に行くことを考えていたというのであり(<証拠>)、また、当初からヴェルサイユに入るとしても、挨拶品を贈ることが必要とされていたもので、ヴェルサイユに入るときは改めて挨拶品であるお菓子を贈っていない(<証拠>)というのであり、そうだとすると、いずれにしても必要な支出であったものであるから原告が本件契約が成立することを信頼した結果生じた損害とは言えないので、これを請求することはできない。

4  挨拶状等の印刷代

パルテノンからブルボンに移転する旨の挨拶状は、ブルボンへの入店契約が成立すると信じたことによる損害であるから、信頼利益であり、被告は原告に対しこれを賠償すべきである。そして<証拠>によれば、原告は挨拶状などの印刷代として金一二万九〇〇円を支払ったものと認められるので、同金額が原告の損害である。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、金一二万九〇〇円及び訴状送達の日の翌日である平成元年一〇月六日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用は、その経緯に鑑み、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官大塚正之)

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